シリアで拘束されたジャーナリスト安田純平さんが帰国後初の会見をしたが、真相は曖昧なまま!ネットの声は「はっきり答えて!」

スポンサーリンク




安田純平さんが帰国後初の会見をしました。

しかし、国民は全く納得のいかない会見だったと思います。

 

安田さんの拘束時に国民から色々な疑問が出ております。

 

第一にジャーナリスト安田純平さん自身が疑われております。

 

スポンサーリンク

どこがおかしな事情なのか?国民の疑問一覧表

 

①捕まっていたとされるテログループの関与はないのか。

 

②捕まっていたとされるテログループのその他の人質動画があった。

その人質の国籍はバラバラなのに全てすべて英語で発言している。

しかし安田さんだけ日本語なのは計画性があるようでおかしい。

 

③長期の拘束、虐待の割には心身共に健康である。顔は傷一つなく綺麗。腫れもない。血色も良い。栄養状態も良さそう。

 

④帰国後の精密検査の拒否をしている。なぜ?ありえない!

 

⑤安田さんは銃を突きつけられ脅されているはずが、「泣けないからトウガラシを持ってこい」と命令したのはなぜ?

 

⑥解放されてから飛行機の中でのすぐインタビューされていた。計画的な解放?

 

⑦安田さんの機材は奪われたのに、一番証拠になりそうな手記は残ったまま

 

⑧少しでも音を立てることを許されない状況で、手記の記入をしていた。

 

⑨「40ヶ月以上日本語を話していなかった」と言っている割には、流暢に日本語を喋っていた

 

⑩なぜ「私はウマル、韓国人です」と語ったのか?本当の国籍は「韓国でしょ?」

 

⑪誰かが違う記事ではっきり「密航」と言うワードを使っていた。

日本国以外のパスポートでシリアに入国したのでは?

おそらく韓国のパスポート?

 

⑫ 「虐待まがいの仕打ちも受けた」と言われてましたが、3年半もの年月をどのように過ごしていたのか?全然説明していない。

 

⑬過去に捕まり、一度解放された苦い経験があるのにもかかわらず、再び同じ事を繰り返しそしてまた拘束された。

武装勢力と裏で話を合わせて、身代金などを計画的に要求しているのでは?

 

⑭今回の3億円をカタールトルコが表向きは肩代わりしたけど、本当に日本政府は払ってないの?

 

 

安田さんの健康状態は?

「地獄だった。拘束後は虐待としか言いようがない状況で、暴力を受けていた」と過酷な生活ぶりを説明しているが、表情は豊かに見えます。

 

これはメディアでも一部報道されておりますが、拘束から解放後すぐに帰国したわけではありません。

 

帰国のタイミングを見計らっていたとの報道はありました。

 

国の都合上、解放されてから数ヶ月間は国で身柄を確保しており、寝どころや食事は確保されていたのでしょう。

 

しかし、精密検査の拒否をしており、怪しいですね。テログループとグルだった可能性もあります。

 

スポンサーリンク

日本政府の身代金の支払はあったの?

 

日本政府は身代金を支払ってはいないでしょう。

 

しかし、名目違いでカタールやトルコに3億円以上の価値のある条約や金銭を払っているのは間違いありません。

 

菅義偉官房長官が「直接は払っていない」と発言しているからです。

 

では間接的に別の名目で何かしらの取引があったと言っているようなものです。

 

安田純平さんって、どこの国籍?

 

ネットでは「安田ウマル純平」という噂が流れております。

 

これは信憑性が高いです。

 

拘束された他の人は英語ですが、安田さんだけ日本語で喋り、日本人をアピールしています。

 

なぜか韓国人だと言わされております。これは武装勢力がパスポートを見みないと確認できないことです。

 

また入国の際は、「密航」という形です。

 

安田さんって実はテロとグルなんじゃないの?

 

可能性は大いにあります。

 

一度捕まったのに、また捕まっています。

 

手帳だけが残っています。これは細かな計画・確認事項を忘れないためだったり、のちの嘘の証拠として提示するためだったりでしょう。

 

「トウガラシを持ってこい」と言っているのは、泣く顔を作るためでしょう。

 

私の見解

 

あくまでも私の見解ですが、

 

なんらかの情報が入り、お金になると思い行動したが拘束されてしまった。

 

拘束された場所で交渉が行われた。

 

「最低限の生活は保障(食事・寝どころ)するから、拘束されたフリをしろ」

 

「身代金3億を国に要求するから、その一部を渡そう」

 

身代金のための映像を流した。

 

部下がパスポートを見て、韓国人と言わせて、凡ミスをした。

(日本人と言わせるべきだった。)

 

帰国後、精密検査拒否、心身ともに健康。

 

これだと全てつじつまが合いますね。

 

真相はなぞのままです。

 

拘束され帰宅するまでの事柄

 

内戦下のシリアに2015年に入国しました。

 

トルコ南部からシリア北西部に越境後、消息を絶ち武装勢力に拘束されました。

 

約3年4カ月ぶりに解放され帰国しております。

 

11月2日に東京都千代田区の日本記者クラブで初めて記者会見を行いました。

 

まず発言したのが「解放にご尽力いただいた皆さんに深く感謝します」とのことでした。

 

さらに「私の行動によって、日本政府が当事者にされてしまったことも申し訳なく思っている」との発言です。

 

「何が起こったのか説明する責任がある」として拘束から解放までの経緯を説明しております。

 

イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」に関する情報を事前に得ていたようです。

 

一件、きちんと説明義務を果たそうとしていますが、経緯を説明しているだけで、本来の内部事情、国民の疑問に全く答えておりません。

 

スポンサーリンク
スキマ新バナー